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赤貧と習慣。(前半)

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赤貧と習慣。(前半)







国民を脅かす魔物退治を推奨するために、
各国の政府は冒険者の資格をもうけているが、
その中でメディカル系と呼ばれる白魔法使いの使い手は、
中級職で2系列に分かれる。
肉体の鍛錬に魔法の強化を加えて、
人並みはずれた稼働力を発揮する拳闘士グラップラーと、
防御・回復を主とする白魔法の特性を駆使して、
戦闘の補助を得意とする、
白魔術士ホワイトマジシャンである。
メンバーの生命を守るという性質上、
ホワイトマジシャンは、
パーティに一人は必須とされる重要職であり、
上級職、白魔導士ホワイトウィザードの試験は、
非常に難しく、生半可なことでは受からない。
そのホワイトウィザードである瀬戸紅玲が、
現在従事しているのは、
主に師匠の娘の子守と所属ギルドの家政婦である。
実に能力の持ち腐れであった。

高位の冒険者である紅玲が、
腕や資格を持ち腐れさせている理由は、
大まかに分けて2つあった。
一つは自身の体調不良であり、
もう一つは冒険者業を行う目的が達成されたからである。
病を患い、幼子を抱えて国を出奔しながらも、
時には師匠直伝の白魔法を駆使し、
時には所属ギルドの主要メンバーとして動き、
大金と名声を稼いだ紅玲だが、
波瀾万丈な人生はガンガン寿命を削っていた。
一時は意識不明の重体となったこともあり、
復帰した後も体調を崩しては倒れたり、寝込んだり、
完治したとは言い難い。
昨今は病状も落ち着いて、
無理のない生活を送るに支障はないが、
冒険者の仕事はその無理を強いるに有り余る危険と、
責任が付きまとうのだ。
いや、死にますから。普通に血を吐きますから。
大人しく養生させていただきたいと思うのは当然だろう。

また、リスクを犯してまで働く理由が今の彼女にはない。
以前は自分がいなくなったとき、
幼い養子が将来を憂い、路頭に迷うことが無いよう、
備える必要があった。
そこで白魔術の中でも唯一の範囲攻撃魔法に特化した、
異色なスタイルを生かして荒稼ぎ、
超有名全寮制黒魔術学園に保険付きで養子を放り込んだ。
これで自分に何かあっても、
養子は卒業まで教育と人並みの生活を保証され、
卒業後、望めば職場も用意される。
賢いあの子なら、後はなんとでもするだろう。

もう、思い残すことはない。
それを口にすれば、四方八方から苦情が上がるが、
己の死期が近いのを感じている紅玲としては、
やるべきことはやったと考えており、
何時お迎えがきても、殆ど悔いはない。
勿論、未練が全くないわけではないし、
もっと生きたいと思いはするけれども、
世の中にはどうにもならないことがある。
だって、師匠がそう言ってたもん。

聞けば師匠は、
「いや、そうは言っても、
 上手くやればその分、寿命も延びるし、
 上手くやる技術も環境も揃ってるだろ。
 諦めずに頑張って長生きする努力をしたら?」などと、
言うに違いないが、責任転嫁に事実も論理も不要だ。
兎も角、紅玲にとって現在の生活及び、
残りの人生はおまけであった。
ハイリスク、ハイリターンな冒険者業は確かに儲かる。
しかし、おまけの人生で理由もなく、
危険を犯して金を稼ぐ必要がどこにあるだろうか。
いや、ない。
大体、現在所属している個人ギルド、
ZempことZekeZeroHampは少人数ながら、
月一回行われる模擬戦で優秀な成績を収め、
国から一定の報償を得ている。
報奨金は紅玲を含む模擬戦参加者で、
均等に分配されており、
つつしまやかに暮らす分にはそれで十分なのだ。
いらない。
お姉さん、もう十分稼いでるから、
これ以上追加で働く必要ない。

そのようなわけで、同じ白魔導士のユッシから、
「クーさんがいれば、
 もっと高レベルの狩り場にいけるのに!」等、
苦情を受けても、自身が拾った新米騎士ポールに、
「偶には、また一緒に狩りに行きましょうよー」と、
ねだられても、その他にあれやこれや言われても、
紅玲は動くことなく、留守番と家政婦を続けていた。
その家事も仲のいいユーリが半分受け持ってくれている。
こんな楽ちんな環境でわざわざ苦労するなんて、
愚劣の極みであるというのが彼女の言い分であった。

何より「どうせ暇してるなら。」と、
師匠から申しつけられた子守の仕事が、
紅玲は気に入っていた。
彼女の養子が小さい時は、故郷を離れた慣れない土地で、
一刻も早く生活の基盤を築く必要があり、
その後は養子を入学させるべく、
黒魔術学園に納める高額な学費を稼ぐのと、
当時所属していたギルドの仕事を片づけるのに必死で、
子育てを楽しむ暇などなかった。
むしろ、小さい息子を施設に預けて、
朝から晩まで連日仕事、
戻っても、必要最低限の家事をするのが手いっぱい。
親らしいことは何も出来なかった。
賢い息子は母の考えを人一倍理解していて、
文句一ついうことはなかったが、
もっと構ってやりたかったと思う。
その余裕が出来た今となっては、
既に息子は適度に親離れしてしまっている。
尤も、彼は極度のマザコンだから構えば喜ぶだろうが、
紅玲が構いたいのは赤ちゃんの頃の息子だ。
今のこまっしゃくれた奴じゃない。
そこにやってきたのがキィだった。

会話ができる程度に育ってはいても、
まだまだ小さくて、甘えん坊の愛らしい幼児は、
瞬く間に紅玲に懐いた。
にこにこ笑いながら絶対の信頼を寄せられて、
うれしくないはずがない。
弟子時代に積み上げた、
負債返還の一巻として要請を受けたが、
ちょうど赤ん坊を構いたかった紅玲にとって、
この依頼はご褒美のようなものだった。

そんなこんなで今日も紅玲は留守番を決め込み、
ギルドの仲間たちが仕事に出かけるのを見送ると、
掃除や洗濯を開始した。
その間、キィは一人遊びをし、大人しく待っている。
構って欲しいと騒がなくとも、
用事が終わればお出かけにつれていって貰えるのを、
ちゃんと理解しているのだ。

「きいたん、でかけるよ。」
いつも通り、
スーパーで日々の食材や消耗品を購入するため、
仕事を片づけた紅玲が声をかけると、
キィは自分なりに出かける準備を開始し、
上着をもってきたり、紅玲の鞄を背負おうとした。
実に可愛らしい。
ついつい甘くなり、
スーパーでもあれこれ買え与えてしまう。
キィが欲しがるのがありがちなお菓子ではなく、
チーズ蒲鉾やら、ヨーグルトやら、
食卓にあがる類なのもいけない。
今日も財布の紐が緩くなった。
でも、必要経費だからいいのだ。
だってヨーグルトは皆、食べるし。予算内に納めてるし。

自分に言い訳しながら帰宅すると、
今日はいつもより時間が余った。
改めて散歩に出かけることにして、公園へ向かい、
その後、少し離れたショッピングモールに足を延ばす。
キィと手をつないで、あれこれ話しながら、
ウィンドウショッピングを楽しみ、
折角なのでカフェで早めの昼食をとる。
ご機嫌で付け合わせのレモンを食べるキィをみながら、
紅玲はしみじみと感じた。
なんて贅沢な生活だろう。
さして働きもせず、時折外食し、家事も友達と分担性。
息子のためとはいえ、毎日金勘定に明け暮れ、
明日の生死も分からず、
狩り場に通っていた数年前が夢のようだ。

全く、駆け出しの冒険者が2年程度で40万ロゼ稼ぐとか、
我ながら馬鹿じゃねえの。
ヤハンの価値に直せば約4000万円ですよ、4000万。
そりゃぶっ倒れて意識不明にもなるわ。
過去の自分に文句を言うと同時に怖くなる。
そう、生きていくのは大変なのだ。
突然倒れて即入院するほどではなくても、
それなりの苦労がつきまとうはずである。
しかし、今の自分と来たらどうだ。
こんな自堕落な生活を送っていて本当によいのか。
何か思いも寄らぬ落とし穴が待っているのではないか。

けれども、言うほど彼女は楽をしているわけでもない。
世間の主婦業の方々が、
たった一人で行っていることを思えば、仕事の質は勿論、
分担したり、代理を頼める仲間がいるという、
逃げ場があるのは大きい。
だが、十数人が同居している現状、
洗濯物一つとっても結構な量になるし、
食料など消耗品の購入、運搬も重労働になる。
この歳の子にしては驚異的にキィは手が掛からないが、
所詮赤ん坊だし、幼児特有の癇癪を起こして、
一日中ぐずぐず泣くことだってある。
冒険者として毎日の狩猟、
魔物討伐にこそ付き合わないが、
代わりにギルドの事務作業も受け持っているし、
親睦会を含めたメンバー合同狩りには参加する。
毎月の模擬戦にも出る。
昔のしがらみで前ギルドの運営相談も受けている。
ある意味、受け持つ雑務の数は、
以前より増えているといえなくもないのだ。

それでも不安を感じる理由は判明していた。
先に述べたとおり、
生活に不自由のない程度の収入はある。
しかし、明確な対価に繋がる活動は殆どしていない。
これがどうにも落ち着かないのだ。
金銭を得るばかりが労働ではない。
自分の家事や事務が周囲に必要とされていることも、
知っている。
だから、現状に不安を感じるのは、
息子の学費を稼ぐまで続いた赤貧生活の悪影響。
無収入、必要以上の出費を悪とする強迫観念と、
稼いでいれば取り合えず安心という労働依存症候群だ。
悪習慣に負けてはならぬ。
何より、自分は養生が必要な身である。
無理して働くどころか、休まなければいけないのだ。
でも怖い。非常に怖い。
働くのはイヤだけど、楽なのも怖い。
そろそろ罰があたるんじゃないだろうか。

「実際、当たるだけのことはしてるけどさ。
 主に鉄火に。」
思わずこぼれた独り言に、キィが目をぱちくりさせた。
「あたるって、なんだ?」
「いやね、そろそろ、
 鉄お兄ちゃんに怒られるかなーって。」
ギルドの実質的主格でまとめ役をしている元カレには、
過去、これ以上無いほど酷い別れ方をした以外にも、
色々積み重ねている自覚はあるのだ。自覚だけは。
その場限りの罪悪感で紅玲が遠くをみやれば、
小さいキィまで肩を落とす。
「てつお兄ちゃんは、すぐおこるんだよー
 おこったら、こわいんだよー」
確かに鉄火は少々短気なところがある。
だが、彼の名誉のために紅玲は首を横に振った。
「いや、きいたん。
 あれはね、鉄が悪いんじゃないよ。
 皆がね、怒られて当たり前のことをしてるのが、
 悪いんだよ。」
「ちってるよー 
 ジョカしゃんと、ゆっちんが、みんなわるいんだよー」
即座に相づちを打ったキィの言葉に、
紅玲は思わず吹き出した。
名前の挙がった二人はギルドの中でも特に問題児で、
散々周囲が悪い悪いと喚いているから、
当然、キィもその様に認識するだろうが、
彼女のような小さい幼児にまで断言される、
ジョーカーとユッシは、一体どれだけ悪いのか。
「そっか、ジョカさんとユッシンが悪いのかー」
「あと、ヒゲちゃんだよー」
笑いを堪えて受け答えをした紅玲だが、
キィの補足に再び失笑した。
ギルドメンバーのほぼ全員が寮で共同生活を営むなかで、
ヒゲは唯一他に住居を構えていることもあり、
キィとの接点は少ないはずである。
にもかかわらず、この評価。

「流石ヒゲ氏。他の追随を許さぬ駄目っぷり。」
伊達に年中ガスマスクにシルクハット常備ではない。
ヒゲのいかれっぷりは老若男女問わず伝わるのだなあ。
心から納得して、レシートを掴んで立ち上がる。
「さて、きいたん。そろそろ行くよ?」
少し前に皿の上は綺麗になっていた。
レモンもいい加減しゃぶり飽きただろうとキィを促すが、
幼児は不服そうに俯いた。
「きいたん、もっとじゅーす、のみたいよー」
「ああねえ。」
甘いものの与えすぎは良くないのと、
あればあっただけ際限なく飲んじゃうのが居るのとで、
普段、キィはジュースを殆ど飲ませて貰えない。
そしてこのお店は三歳以下のお子様に、
フリードリンクをサービスしている。
少し悩んだあと、紅玲は仕方ないとうなずいた。
「じゃあ、一杯だけね。」
無料なんだし、たまの外食時ぐらい良いだろう。

オレンジジュースを、コップ半分ほど注いでやると、
キィはあっと言う間に飲み干した。
ふと、小さかった息子と、
外食にいった時のことを思い出す。
奴はたった一杯のジュースを惜しんで、
飲みきるまで1時間も掛けた。
ジュースは兎も角、それぐらい外食が珍しかったのだ。
「本当、いい生活させていただいてますよ、全く。」
誰に言うことなく呟き、
紅玲はレシートを確認して会計を済ませた。
お二人様18ロゼなり。まあ、そんなもんだろう。
キィが小さく、あまり食べなくても、
この手のカフェではそれなりにかかる。
コーヒー一杯に5ロゼとか数年前は噴飯ものだった。
まして理由もなく出先で外食なぞあり得ない。
再び沸き上がる罪悪感を押さえつつ、
それほど贅沢しているわけでもないと、改めて考える。
冒険者家業は危険なだけに儲かる。
他のメンバーが嗜好品に使う金額に比べれば、
この程度、はした金だ。
もう、無理して貯蓄をする必要はなく、
それなりの贅沢を許される身分となったのだ。
銀行の残高もごく自然な範囲で増えているし、
出費は予算の範囲でとどめてもいる。
でも、今月はちょっと使いすぎ・・・
いや、大丈夫。予算範囲だから大丈夫!

己に言い聞かせつつ、うんざりする。
この出費恐怖症は一体何時、緩和されるのだろうか。
残り少ないだけに、一生無理かもしれない。
気持ち足取りも暗く重いものになるが、
お姉ちゃんの憂鬱など、
ちっとも知らないキィはグイグイ手を引っ張る。
このショッピングモールにきたのは初めてではなく、
うちの幼児は物覚えがよい。
手を引かれるがままに歩いていたら、
地下の食品街に到着した。
総菜や焼きたてのパンの美味しそうな匂いがする。
「ははあ。」
キィの目当てはすぐにわかった。
「またかい。」
紅玲が尋ねると、キィはにこにこと頷いた。
「きいたんは、まんまるがすきなんだよー」
「しってる。」
キィに任せると丸い物は食品も、おもちゃも、文房具も、
皆、まんまるになってしまうのだが、
今回は果物を専門に扱う総菜屋のゼリーだろう。
高級果物をたくさん使った総菜は高い。
しかし、ジュースを寒天で丸く固めたゼリーは、
それほどでもない。
これなら許容範囲と300gほど注文する。
「おやつも買ったし、帰ろうね。」
帰宅を促すと、目論見通りゼリーを買って貰ったキィは、
うれしげに頷いた。

そのまま出口に向かって地下街を進み、
菓子店のコーナーに入る。
ショーケースに華やかで色とりどりのスイーツが、
艶やかに飾られているのを横目で眺め、
紅玲はふむと呟いた。
「やっぱり、うちで作るのとは華やかさが違うねえ。」
ギルドメンバーで古い友人でもあるユーリは、
料理だけでなく、菓子づくりも得意で、
週に一度はケーキを焼いてくれる。
タルトにしろ、スポンジにしろ、とても美味しいのだが、
見た目にはそこまで拘らない。
専門店特有の華やかさは幼児にも伝わるらしく、
キィがショーケースの前で立ち止まり、
うっとりした表情で指さす。
「ちれいだねえ。イチゴや、クリがあるねえ。」
「そうだね。それにとっても美味しいんだろうね。」
素直な相づちに恍惚の表情を浮かべ、キィがいう。
「たべたいねえ。」
「・・・だめだよ、きいたん。」
美味しいと教えるだけ教えて与えないとは、
どんな嫌がらせか。
予想できた流れだけに、紅玲は己に舌打ちした。
食べたいか、食べたくないかだけいえば、
紅玲だって食べたい。
お店のケーキなど、もう、長いところ口にしていない。
美味しいだろうな。間違いなく、美味しいよ。
自家製では使わない高級な濃いバターやクリーム、
職人の手間暇かけた技術によって作られているのだ。
見た目だけでなく、味も素晴らしいだろう。
美味しくないはずがない。
だが、キィは言うほどケーキを食べられない。
甘いスポンジやクリームより、
果物単体が好きなこともあり、
買ってあげても、きっと食い散らかして残す。
幼くてもお残しは宜しくない。
それに値段も高い。
大きさの割に一番安いのでも一つ5ロゼする。
何より、本日おやつはすでに購入済みである。

「今日は、ゼリーを買ったしね。
 そんなに沢山食べられないでしょ。」
「うん・・・」
案の定、幼児は酷く悲しそうな顔をした。
紅玲の心の天秤が大きく傾く。
買ってあげようかな。
そんな誘惑に刈られるが、思い直す。
欲しがれば何でも買ってもらえると、
勘違いさせるのは宜しくない。
「ケーキはまた今度にしようね。」
「うん・・・」
キィは駄目だと言われれば、それ以上ぐずらない。
おねだりは良くないことを、
小さいなりに理解しているのだ。
折角、こんなにもお利口なのに、
可愛いから、可愛そうだからと感情で振り回し、
混乱させてはならない。
やはりここは我慢させるべきと決意し、帰宅を促す。
「さ、もう帰ろう。」
言われて、寂しそうにショーケースを眺めた幼児は、
諦める前に余計な物を見つけてしまった。

「あ、おねえちゃん、まかろんがあるよ!」
色とりどりの丸い魅力的な姿。
何の弾みか、キィはマカロンを食べたことがあるのだ。
甘くてサクサクして、
果物のジャムみたいなのが挟んであり、
とても美味しいのを、ちゃんと覚えているのだ。
「いろんな色があるねえ、たべたいねえ。」
「・・・うーん。」
マカロン、一つ2ロゼ。
ありえん。
紅玲の価値観では1ロゼが良いところだ。
他の店でも1.5、高くても1.8ロゼぐらいだろう。
でも、美味しいよね。これも美味しいよ。
フランボワーズ、バニラ、あ、塩味とかもある。
食べたいな。
でも、キリがないよね。
食べたい物全部買ったらキリがないよね。
「おねえちゃん、きいたん、いっこでいいんだよー」
一生懸命なキィの説得に、
紅玲の気持ちもぐらぐら揺れる、
一つぐらいなら買ってあげてもいいのではないか。
いや、何でも与えればいいと言うものでもない。
先ほど我慢させると誓ったではないか。
しかし、たかが2ロゼである。でも、2ロゼである。
ゼリーを買ってなければ・・・でも、なあ。

「・・・今日は、外食もしたしね。
 あんまりお金使いすぎると、
 また、来れなくなっちゃうし。」
幾度も逡巡して、紅玲は最終決断を下した。
迷ったら感情より理念だ。
予算オーバーは出来るだけ回避すべきだ。
おやつは既に買ったのだ。
泣きそうになったキィを抱き上げ、
足早にその場を立ち去る。
「ルーも待ってるし、今日は帰ろうね。」
「・・・・・・。」
「また今度来たら、買ってあげるからね。」
そう、絶対に買えないわけではない。
今日は都合が悪いだけだ。
マカロンめ、首を洗って待っていやがれ。

ショッピングモールを出て暫くしても、
キィは抱っこされたまま、顔を紅玲にひっつけて、
うんとも寸とも言わなかった。
やっぱり、買ってあげれば良かったかな。
静かに後悔が胸の中に広がる。
収入を考えれば、無尽蔵に出費はできないし、
しつけの意味でも、むやみに甘やかすのはよくない。
けれども同時に、自分の価値観をキィに押しつけて、
必要以上に我慢させていないだろうか。
幾ら予算外とはいえ、
何百ロゼもするわけではないのだ。
代わりに明日にでもヨーグルト等を、
少し我慢すればすむことである。
そこまでして、
たった一つのお菓子を買わない理由があるだろうか。
ないと思う。

でも、買えなかった。

骨の髄まで染み込んだ赤貧性格が憎い。
憎いが、今更変えようもないと思った方がいい。
引いては、この範囲で何とかするしかない。
「予算をもう少し増やすのが、妥当かねえ。
 とは言っても、出費はある程度決まってるし・・・」
支出を増やしたければ、収入も増やすのが妥当だ。
勤め人であれば簡単にはいかない問題だが、
生憎紅玲は自由業だ。
危険は伴うが収入を増やす手段がある。
「・・・やっぱ、ちょっとは働くか。」
口にしてしっくりきてしまい、なんだかがっかりする。
結局、己は働かずには居られないのだろうか。
実に腹立たしい。
別に働くのなんか好きじゃねーし。
きいたんにお菓子一つ、
買ってあげられないのが、嫌なだけだし。

自分で勝手にふてくされた紅玲の腕の中で、
キィが顔を上げた。
「おねえちゃん、はたらくの?」
「んー 働けば、お菓子もっと買えるしねえ。」
殆どなにも考えずに返事をして、
紅玲はぎょっとした。
突然、キィが飛びつくようにしがみついてきたのだ。
「いやだ! はたらいたら、やだ!!」
「ちょっと、きいたん、どうしたの?」
そのまま泣き出したキィの声は、
言葉というより叫びに近く、
不明瞭な幼児の癇癪に紅玲は慌てた。
「はいはい、泣かない泣かない。
 泣いてもわかんないよ。どうしたの?」
歩きながら宥めてすかして、意味もなく、
大丈夫だと言い聞かせる。
理由もわからず、大丈夫もへったくれもあるものか。
けれども、大人が大丈夫だと言ってやらずして、
誰が赤ん坊を安心させるのか。
そんなことを考えながら家路をたどる。
着いた頃には揚々キィも落ち着いて、
何とか会話が交わせるようになった。
「ほら、お目々擦るんじゃないよ。
 鼻もチンして。」
ティッシュで鼻をかんでやり、改めて問いただす。
「なに? お姉ちゃんが働くのがそんなに嫌なの?」
問われたキィはコクリと頷く。
「きいたん、おかしより、
 おねえちゃんと、いっしょがいい!」
声を引きつらせるようにしてそれだけ言うと、
キィはまた泣き出した。
自分の言葉に悲しくなってしまったらしい。

「・・・大丈夫だよ、きいたん。
 きいたんを独り、置いてはいかないから。」
大丈夫と繰り返しながら、
キィの背中をぽんぽんリズムよく叩き、
紅玲はため息をついた。
母親役とはいえ、紅玲は代理にすぎない。
留守がちと言っても、実父の師匠は仕事の隙を縫って、
こまめに家に戻ってくる。
他のメンバーも朝食後に出かけるが、
夕食まで戻らないことは少なく、昼過ぎからバラバラと、
数人ずつ、帰ってくる。
一般家庭と大した差はない、むしろ人が多い方だと思う。
それでも、こんなに必死になるのだ。
子供の内面を親が占める割合と、
その重要さを改めて実感する。
朝から晩まで施設に預けられていた養子は、
どれだけ寂しかっただろう。
罪悪感が胸を突く。
やっぱり、寮生活やめさせようかなー
でも、どうやって通学させようかなー

ま、後で考えよう。

即座に解決できることならまだしも、
大がかりな改革が必要な問題を急いてもしくじるだけだ。
さっさと気を取り直して、
まだ、もにょもにょ愚図っているキィを引き剥がし、
大きな声で宣言する。
「大丈夫! 
 いざとなったら、お兄ちゃんを代わりに働かせるから!
 それより、おやつ食べよう。
 まんまるがぬるくなっちゃうよ。」
もう一度、鼻をかませ、タオルで顔を拭ってやる。
多少強引だが、そのまま洗面所に連れていき、
手荒いうがいも済まさせた。
「ゼリーにブルーベリーも足そうか。
 後、イチゴも。」
キィを椅子に座らせてからも、
紅玲はどんどん手を動かした。
どれだけ後悔しようが、憂鬱になろうが、
現実は何も変わらないのだ。
変化をもたらすのは行動のみ。
目の前に皿が置かれ、買ってきたゼリーがよそられ、
大好きな冷凍果物も追加されるのをみているうちに、
キィも機嫌を直し、差し出されたフォークを、
素直に受け取った。
皿の中でつるつると逃げ回るゼリーに、
容赦なくフォークを突き刺して、
幼児はふししと笑い、程なく皿の中身を空にした。

「おいちかったねえ。」
「そうだね。」
幸せそうに言う口を拭いてやりながら、
紅玲はもう一度ため息をついた。
キィが喜ぶだけに考えてしまう。
現状で十分満足しているのだから、
それ以上は余剰かもしれないが、
ゼリーでこれだけ喜ぶのなら、
マカロンも買ってやっても良かったのではないか。
2ロゼぐらい、ケチってどうする。
そう、結局の所、問題はたかが2ロゼなのだ。
「っていうか、あれですよね。
 2ロゼで満足できるなら、それも有りなんですよね。
 事実、これが鯛焼きとかなら話は変わる。
 けど、マカロン一個じゃ食べた気がしないからな。
 満足するだけ買ったら、結構な金額になるし・・・
 つまり、物が悪いんだ。」
「なにが、わるいんだ?」
おやつはおいしかったのに、何故、
お姉ちゃんは不機嫌そうなのか。
頭の上に疑問符を浮かべている幼児を眺め、
ついつい尋ねてしまう。
「きいたん、まん丸はおいしかった?」
「うん。」
「そっか、よかったねー 
 でも、マカロンも食べたかったよね。」
言わなきゃ良いのに。
自分でもそう思うが、吐いた言葉は引っ込められない。
結局、キィがどうというよりも、
紅玲が納得できていないのだ。
「んー・・・」
途端に小さい人の顔が悲しそうになる。
確認するでもなく、食べたかったに決まっているのだ。
それをわざわざ蒸し返して、
ゼリーを食べた幸せな気分を台無しにするなど、
我ながら意地が悪い。
自分自身に嫌気がさして、紅玲は口の端を歪めた。
その自嘲を押し退けるように、はっきりとキィが言う。
「でも、きいたん、おねえちゃんといっしょがいいよ。
 だから、がまんするよ。」
お菓子を買うにはお金がいる。
お金は働かないと稼げない。
働きにいったら、お姉ちゃんもいなくなる。
それは嫌だと幼児は首を横に振る。
「まかろんは、こんどにしようね。」
誰のまねか、偉そうに言う小さい人を、
紅玲はジツと見つめた。
やだ、うちのこ、何でこんなにお利口なの?

だが、キィの言うとおりだ。
欲望が尽きることはないが、全ては叶わない。
たまたま、今回はそれがマカロンだっただけだ。
諦めよう。そしてこの話題は終わりにしよう。
「そっか、そうだね。
 お姉ちゃんも、マカロン食べたかったよ。
 でも、全部は無理だもんね。
 きいたんは、それがちゃんとわかってて偉いね。」
「うん!」
誉められて元気よく頷いたキィはふししと笑い、
紅玲は静かに微笑んだ。
この子は、本当にお利口だ。
こんな小さくてお利口でかわいい子に、
マカロン一つ買ってやれないとか、やっぱり無くない?
終わらせると言いつつ、
腹の中で再び沸き上がるものを噛みしめる。
諦めるのが正しいのに、敗北感が消えないのはなんでだ。
みるものがみれば、
笑顔にしては紅玲の口端がひきつっているのに、
気がついただろう。

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津路志士朗
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